ぬまづ歴たび★ピックアップ(Ⅰ)沼津蚕種製造所

ぬまづにはとても興味深い歴史が有ります。
僕が ぬまづ歴たびをはじめようと思ったのも
そんな多くの興味深い歴史を紐解く事で
色んなモノが見えてくると思ったからです。

これも以前からやってみよと思っていた事

ぬまづの歴史の中から、1つの話題をピックアップして
掘り下げてみようと思っていました。

不定期ですが、「ぬまづ歴たび★ピックアップ」として
アップしてまいります。

第1回目は「 沼津蚕種製造所」です。

「沼津蚕種製造所(さんしゅせいぞうしょ)」
この言葉を初めて知ったのは、普段から利用している沼津市大岡のキミサワ沼津カタクラパーク店での事。
会計後の壁際のテーブルに掲示されていた資料とスケッチを観た事から始まる。

資料と共に調べた内容を追記/補足すれば・・・

日本の製糸業(蚕(カイコ)から絹織物の原材料となる生糸を生産する産業)が欧米への輸出がきっかけで近代産業を支える柱となったのが、江戸幕府が横浜などを開港した安政6年(1859年)。

片倉工業株式会社(かたくらこうぎょう)は、輸出需要への対応、品質の維持向上の為に、品種の改良が急務となり、蚕種製造をはじめました。

片倉工業株式会社(かたくらこうぎょう)は
明治期から大正期にかけての日本の主力輸出品であった絹糸の製造を行い、片倉財閥を構築した老舗企業である。かつて操業していた富岡工場(富岡製糸場)は日本の工業近代化の貴重な遺産と、UNESCOの世界文化遺産(富岡製糸場と絹産業遺産群)として知られる(2005年、富岡工場の建物等を地元の富岡市に寄贈)

昭和3年(1928年)当地(現沼津カタクラパーク)にて、蚕の種(卵)を採取する蚕種製造を開始しました。

この前後の沼津市に関する歴史の中から代表的なものを紐解くと・・・
・1923年(大正12年)7月1日:駿東郡楊原村と合併し、市制施行。
・1923年(大正12年)9月1日:関東大震災により被災。
・1926年(大正15年):沼津大火により市の中心部を焼失。
・1944年(昭和19年):駿東郡片浜村・金岡村・大岡村・静浦村の4村と合併。
Wikipedia 沼津市より
また、当時の建物は
クリむズン画廊
「沼津  片倉工業株式会社  沼津蚕種製造所  2005.6」に写真がアップされております。
とても貴重な写真だと思います。

最盛期には全国13か所で蚕種製造を行い、その中でも沼津蚕種製造所は、地元の支援・協力、土地が蚕種製造に適していた事から、主要な蚕種製造所として66年間に渡り操業。
しかし、その後平成6年(1994年)に休止しました。

そしてショッピングセンター「沼津カタクラパーク」が誕生しました。
竣工 2006年9月
敷地面積 約13,300㎡(約4,020坪)
延床面積 約3,000㎡(約910坪)

また、片倉工業については、以下のサイトをご覧頂くと
より深く理解できるものと思います。

片倉工業と富岡製糸場が歩んだ歴史
wikipedia:片倉工業

以下は参考資料
蚕種製造所の現存するものがないかを調べてみた結果

河田蚕種製造所(現存しない) 愛知県春日井市
富岡製糸場の蚕種製造所(現存しない)
前橋市蚕糸記念館(現存)ー国立原蚕種製造所前橋支所

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